三ツ峠山山行報告
NO.
日付
山名
参加者
会員 障害者
9名
健常者
18名
1
平成21年11月15日 三ツ峠山 合計 29名 会員外
(賛助員含む)
障害者
1名
健常者
1名
  コースタイム:三ツ峠登山口(10:30)…ベンチ(11:25-11:35)…三ツ峠山荘
         (12:05-12:40)…三ッ峠山(開運山)(13:00-13:10)…三ツ峠山荘
         (13:20-13:35)…車道(14:30-14:40)…川口局前バス停
         (16:20-16:30)…河口湖駅(17:30)
天候:
快晴

 高速バスの中からくっきりと富士山が見えて、山頂からの展望に期待が膨らんだ。雨上がりの今日は、すばらしい天気に恵まれた。

 河口湖で現地集合のみなさんと合流する。聴覚障害の方として、初めての参加となるHさんとも無事に合流できた。今回は、Tさんがダイバー用のボードを持ってきてくださり、主にTさんがHさんとのコミュニケーションを取ってくださった。

 バス停は、三ツ峠入口ではなく、三ツ峠登山口だ。間違って入口でブザーを押したが、運転手さんに教えていただいて、登山口で降りる。ここで、自己紹介をして、歩きはじめる。今回は、横浜グループの6人が三ツ峠山荘から合流することになっているため、まずは23人で出発となる。

 道は、ずっと車が通れるほどの広い道だった。しかし、標高は確実に稼いで登っていく。標高差で200mほど登ったところにあるベンチで休憩とする。ここからもしばらく登りが続くが、次第に展望が良くなってきた。夏はお花畑が広がるところのようだ。ふり返ると、八ヶ岳と南アルプス、特に甲斐駒ヶ岳がよく見える。

 三ツ峠山荘に着くと、山頂付近の雪が真っ白に光り輝いた富士山が真正面に見える。横浜グループのみなさんも待っていてくださった。昨日は、山荘の方に車で運んでもらったらしい。

 山頂からは、富士山の左手に、小さく頭を出した愛鷹山が見え、巣の左手奥には、うっすらと伊豆半島の山が見えている。その左手には、箱根の山々が見え、手前には、杓子山と御正体山が間近に見える。その左手には、中央沿線の山があり、その奥には丹沢の山々が連なる。
 その左には、これから向かう開運山がすぐそこに見える。その下には、岩登りのゲレンデで有名な屏風岩が広がっている。

 山荘前のベンチで、富士山を見ながら昼食とする。ヒガラがすぐ隣の木に飛んできて、餌を啄んでいた。昼食後、山頂に向かう。少し登ると展望が大きく開け、山頂直下では、南アルプスから八ヶ岳がよく見えてきた。

 南アルプスは、富士山の右に見える。深南部から聖岳、赤石岳、荒川三山、手前の黒岳の後に塩見岳、そして農鳥岳、間ノ岳、北岳の白峰三山が見え、鳳凰三山の奥に少しだけ仙丈岳が顔を出している。その右には、三角錐の甲斐駒ヶ岳が天を突いている。
 甲府盆地を挟んで、右には八ヶ岳の山々が連なる。山頂に着くと、さらに、奥秩父の主脈が葉を落とした木々の向こうに見えていた。本当にすばらしい展望だ。電波塔がなければ最高なのだが、これは仕方ないだろう。

 山頂で集合写真を撮り、下山にかかる。三ツ峠山荘では、小屋の管理人の方が、私たちの活動を感心してくださった。こちらの小屋には、長谷川恒夫さんが良く訪れ、先代の管理人さんからとても可愛がられていたそうだ。そんな話をお聞きし、ありがたかった。

 山荘から木無山に登る。木無山からは、枯れた穂の向こうに佇む富士山がよく見えた。ここからは、天上山への道を分け、尾根上の道をぐんぐん下る。左手には河口湖も見えてきた。振り向くと空は真っ青で、足下は落ち葉の絨毯。滑りやすいけれど、気持ちの良い尾根を下る。

 ようやく車道に出たところで、ひと休みする。ここからは、少し車道を歩き、さらに登山道を降りる。次第に沢に向かって下る階段状の道になると、母の白滝に飛び出した。花の白滝は、2段になっていて、1段目がすだれ状で、すばらしい滝だった。部分的に日が当たり、虹もできていた。

 滝からも川に沿った道を下る。民家の屋根が見えてくると、車道に飛び出した。もしかしたら、予定のバスに間に合うかも知れないと、先頭の私は急いで歩いてみた。バスの発車時刻1分前に着き、バスを待っている人がいることを確認した。

 全員、バス停に集合し、ホッとしたが、目の前の道路は大渋滞だ。バスが遅れて喜ぶよりも、もしかしたらバスに乗ってからも動かないかも知れないという意見が出たので、意を決して河口湖駅まで歩くことにした。そのままバスを待つという横浜グループのみなさんと分かれて、国道を歩きはじめる。

 歩きはじめて、少し行ったら、Aさんがガソリンスタンドの人に聞いたら歩くと1時間かかるので止めた方がよいというアドバイスをしてくださった。しかし、1時間で歩ければ間に合うし、バスに乗っていらいらするより、精神的には楽なので、歩くことにする。

 それから、競歩と思えるような早足で、全員がんばるがんばる。歩行者用の信号がないところまで無視して渡り、河口湖大橋の歩道を越えた。時間的には、大丈夫だ。それでも、国道を外れると道は真っ暗となり、道に迷うと行けないので、近くの交番で道を聞いて先を急ぐ。一本あとのバスになることを引き受けてくださったYさんとは、この交番で別れ、先発組は先を急いだ。そして、ようやく正面に駅が見えてきて時、横浜グループの乗ったバスが追い越していった。河口湖駅には、バスと一緒に着いた。

 バス代を浮かせたものの、さすがに膝が痛くなった。駅から電車や車で帰る人たちと別れ、高速バス組はぎりぎりだったが、バスに乗り込んだ。当然のことながら、高速バスも大渋滞にはまり、新宿に着いたのは、1時間40分遅れだった。みなさん、お疲れさまでした。

記:網干

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